第55回 なぜ食事をしてはいけないの? 〜腹部エコーを受ける皆さまへ〜

<第55回> 2022年2月3日 五十嵐 美羽

 仙台も寒い毎日が続いていますね。私は先日、雪道で足を滑らせて危うく転びそうになりました。気温差で体調を崩しやすい時期であることはもちろん、ケガにも細心の注意を払わなければ...と痛感しました。皆さまもお体にはくれぐれも気をつけてお過ごし下さい。

 さて、突然ですが腹部エコーの検査を受けた経験はございますか?腹部エコーに限らず、検査前の注意事項として食事を抜くように言われたことがあるという方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。例えば血液検査の場合は、食後=血糖値などが上昇するというように食事と検査への影響が結びつきやすいかと思います。では、腹部エコーと食事の関係についてはどうでしょうか。本日は、食べ物のゆくえとあわせて、食事が腹部エコーに及ぼす影響についてお話ししたいと思います。

 食べ物は口腔に入ると唾液とともに咀嚼・嚥下され、舌によって咽頭へと押し出されます。咽頭では反射的に気道と食道の入り口が切り替わり、食べ物が食道へと流し込まれます。その後は胃へ進み、1分間に3回程度起きる蠕動(ぜんどう)運動によって胃液と混ぜられて粥状になります。胃の中のものは十二指腸、小腸へ送られて消化と栄養の吸収が行われます。その際、十二指腸内に放出される胆汁などがその消化・吸収を促進させます。栄養を吸収された後の残りの液状物質は大腸へ送られます。約10〜20時間かけて水分や電解質などが吸収されて濃縮されたものが糞便として排泄されます。

 ここまで食べ物が体に入って出ていくまでの流れを簡単に説明しました。それを踏まえて、次に腹部エコーと関係のある「胆汁」と「体内ガス(空気など)」についてお話しします。

 まずは胆汁についてです。胆汁は先程も説明した通り消化・吸収の働きを促進させる作用があり、肝臓の細胞から1日0.5〜1L分泌されます。組成は97〜98%が水分で、その他にビリルビン、コレステロール、胆汁酸などを含みます。胆汁の約半分は十二指腸へ排出されます。残りは胆嚢(たんのう)という場所へ運ばれ、そこで5〜10倍に濃縮されて蓄えられます。食後は胆汁を十二指腸へと排出するために胆嚢は収縮します。つまり、空腹時は胆嚢内に胆汁が充満しているため内腔の様子がエコーで観察できますが、食事をとってしまうと胆嚢が潰れて内腔にある腫瘤や石などの病変を観察するのが難しくなります。これは飲み物でも起こるので要注意です。水やお茶などであれば、さほど影響はないとされていますが、ジュースやコーヒー、特に牛乳など脂質を含む飲み物は胆嚢の収縮を促す可能性が高いので検査前に摂取するのは避けましょう。

 次にガス(空気など)についてです。消化・吸収の過程では、腸内細菌の作用により腸内ガスが発生します。また、普段は気管が空いた状態になっているため吸った空気は肺に行きますが、食事の際は食べ物と一緒に空気が食道へ入り、胃や腸へと移動します。このように、食事をとることで体内のガスが増加します。エコーの天敵であるガスは超音波の減衰・反射を引き起こし、画像を作れなくしてしまいます。つまり、食事をとらなければ描出できていた臓器の一部が、食事により発生したガスが原因で描出不良になる場合があります。見える範囲が狭まるということは病気の検出精度の低下に繋がります。

 以上、腹部エコー前に食事を抜かなければいけない理由についてお話ししましたが、例外もあります。糖尿病治療中の方や妊婦の方など、絶食によって体調に変化が生じたり、他の検査に影響が出たりする可能性がある方もいらっしゃいます。通院中の方は必ず主治医に確認してから検査に臨むと良いでしょう。

 ケガや病気の予防として体力をつけたり、免疫力を高めたりするために、食事はとても大切です。但し検査前に絶食するよう指示があった場合、「お腹空いたし...」「少しなら大丈夫だろう...」と軽く考えて食事をとってしまうとベストな状態で検査を受けることができなくなってしまいます。検査前の注意事項はしっかり守るように心がけましょう。私たち検査者も質の高い医療を患者さまに提供するため日々奮闘しています。より良い未来に繋がる検査を共に目指していきましょう。

<参考>
消化・吸収・排泄イラストレイテッド 初版
日本医事新報社HP
一般社団法人HSPプロジェクト研究所HP

【左図】空腹時の胆嚢:胆汁が充満している【右図】食後の胆嚢:胆汁を排出し萎縮している

【左図】空腹時に描出した膵臓【右図】食後:ガスにより膵臓の一部が描出不良となっている