第77回 今日は忙しくないね

<第77回> 2023年12月25日 SA

 医療現場ではよくありがちな話ではあるのだが、「今日は忙しくないね」と言った瞬間に緊急患者や想定外の緊急検査が立て続けに入るなどして急に忙しくなるというような経験をする。そのため、長年現場にいる医療従事者は心の中で思ったとしても決して口にしてはならない暗黙のルールを守り、誰かがそのセリフを言った瞬間に「シーッ、それ言っちゃダメ!」と口を塞ぐ。

 さて、現実問題として口に出した言葉は引き金となり得るのか、実際に検討した興味深い報告がある(PLoS One. 2016; 11: e0167480)。こちらは主治医が救急外来の研修医に対して「今日は静かだといいね」という声がけにより、普段より忙しくなったり、対応困難な症例に遭遇する機会が増えるのかということを検討したランダム化比較試験である。救急専門医6人と研修医25人を対象に、主治医が研修医に「今日は静かだといいね」と声がけをした介入群と非介入群に分け、その影響を検討している。結果として、介入群と非介入群の間に業務中の忙しさや対応困難な症例の程度に差は認められなかった。ただし、介入群の研修医は非介入群と比べ搬送患者を多く診察していた。つまり口に出した言葉が業務に与える影響はほぼなかったという報告である。

 しかしながら、検討結果がどうであろうと私自身に長年染み付いた「言っちゃダメ」感は完全に拭えず、今後も「今日は忙しくないね」と口にしたスタッフの口を塞ぐ毎日を過ごすのだろう。